専門医アドバイス

写真:専門医師 国立循環器病研究センター 森崎隆幸

マルファン症候群:専門医師から 

東京工科大学医療保健学部臨床工学科教授 森崎隆幸

(前国立循環器病研究センター結合織外来)

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医療者へのアドバイスを読む

患者さんへのアドバイス

はじめに

「マルファン症候群」は医師であれば必ず知っている病気ですが、医師でも最近の研究成果やその医療応用について十分な知識のある方は決して多くなく、まして、一般の方、「マルファン症候群」と診断される方の理解はまだまだ不十分です。 また、名前を知っていても、やせ型で手足が長く背骨や胸の変形がある、極端な近視である、急死につながる血管の変化を起こしやすい、など、外見上の変化や病気の重さが強調されすぎる傾向もあります。 この会ではすでに紹介されていますが、病気を最初に書き記したのはフランス人医師マルファン(1896年)で、高身長くも状指など骨格症状、眼症状、心臓血管の症状の3つが特徴的とされていますが、実際にはこれらがすべてそろわないことも少なくありません。さらに、10年ほど前に、眼の症状がなく、骨格症状のないことのある似た別の病気「ロイス・ディーツ症候群」が提唱されました。この病気はマルファン症候群とは異なる原因によっておこりますが、心臓や血管の症状は似ています。また、別の原因もごく最近いくつか見つかっていまして、これらは心臓や血管の症状は似ていますが、他の症状は少しずつ違っていることがわかってきています。これらの病気はマルファン症候群と似た別の病気としてとらえることができますが、それぞれ、別の原因(原因となる遺伝子の変化)によりおこることがわかってきました。 なお、大切なことですが、原因はどれも遺伝子の変化ですが、ご家族に同じ病気や体質を持っていない場合も25%位あること、ご家族にどなたも同じ症状の方がいない場合でも、お子様がおられる場合には50%の確率(二人に一人)は同じ体質を受け継ぐので、同様な症状が起こることになり、治療が必要になること、を知る必要があります。

さまざまな症状・症状の個人差・似ているが性質の異なる病気

繰り返しになりますが、先に挙げた特徴的な症状(高身長くも状指など骨格症状、眼症状、心臓血管の症状)はすべてそろうとは限りません。 とくにマルファン症候群とは少し性質の違うロイス・ディーツ症候群などの場合には別の症状が現れたり、心臓血管の症状だけのこともあります。心臓血管の症状は、弁の働きが悪くなったり(弁膜症)、血管の膨らみがすすんで壁が裂けたりする(大動脈解離)ことが無ければ、症状が現れないので、定期的な検査(病院受診)はとても大切です。

病気の正しい理解と病状に応じた適切な医療を受けることが大切

マルファン症候群では心臓血管の症状は命に関わることがあるので、症状がなくても定期的な検査がとても大切です。 動脈の膨らみが進んだ場合や、動脈解離が起こってしまった場合には、外科手術により動脈を人工血管に置き換える必要があります。 最近では、あらかじめ予定された手術の成績は良いものです。一方、一旦、大動脈解離がおこってしまうと、手術成績は悪くなりますし、その後の再発の可能性も高まります。動脈の膨らみが進んできたら、適切に薬による治療(ベータ遮断薬やロサルタンなどARBという薬)を受けて、血圧を下げ、動脈の変化を止める必要があります。薬剤の種類・量などは担当専門医師の指導に従う必要があります。

家族全体で考えることが必要な場合が少なくない

マルファン症候群は遺伝性の病気なのでご家族の中に同じ症状のある方がおられることは多いのですが、症状の現れ方は一人一人異なることもあるので、症状が出ていないからといって放置することは適切でない場合があります。 気にしすぎるのも問題ですが、定期的な受診が必要な場合にはきちんと受診をつづけて、適切なタイミングで治療(投薬、ときに手術)を受けることがとても大切です。

知らずに悩むより、良く知って病気とともに元気に生きる

マルファン症候群は、以前は、病気であることを知らないままに放置し、大動脈解離など命に関わる変化が起こってから病院に受診することも少なくありませんでした。 こうした場合、中には、30代半ばで命を落とされることすらありました。今では、適切に治療を受けることで普通の方と同じように高齢になっても元気に過ごされる方も少なくありませんので、病気を良く知って対応を続けて元気に生きることが大切です。


医療者へのアドバイス

病気の正しい理解は医療の出発点

「マルファン症候群」は医師であれば必ず知っている病気ですが、病気の詳細の理解がめざましく進んだ病気の一つです。 医師や医療関係者でも最近の研究成果やその医療応用について十分な知識のある方は決して多くはありませんし、この病気を診療し研究を進めている医師・研究者も、患者さんから学ぶことがまだまだたくさんあります。 「マルファン症候群」とは、やせ型で手足が長く背骨や胸の変形がある、極端な近視である、急死につながる血管の変化を起こしやすい、など、外見上の変化や病気の重さが強調されがちですし、若くして動脈瘤や動脈解離が見つかった場合や、やせ型で手足が長く背骨や胸の変形があると、それらだけで「マルファン症候群」として画一的に診断され、治療されることも少なくありません。医療関係者でも、症状がなく変化が小さい場合には、患者さんが定期受診されなくなるのを見過ごしてしまうこともあります。大動脈瘤の変化・進行を把握し、ベータ遮断薬やロサルタンなどARBによる適切な治療を行い、適切なタイミングで手術治療(大動脈置換術)を行うことで、生命の危機のリスクを下げ、元気に高齢まで過ごされる患者さんが増えているのが現在の「マルファン症候群」の現状です。 一方で、マルファン症候群と似ているが、早期に大動脈瘤が進行して解離を生ずることがあるなど、経過が異なるロイス・ディーツ症候群などの別の疾患のあることが知られるようになり、病気の詳細分類や状態に応じた治療法が重要なことがわかってきました。従って、病気の経過や原因を的確に把握することが一人一人の患者さんにとっても重要であると考えられる様になっています。

家族歴がなくても家族として病気に対応する必要性

マルファン症候群や類縁疾患は遺伝性の病気ですが、孤発例も25%ほどあり、こうした例でも遺伝性であることには変わりないので、次世代についての診断と治療は重要です。 ただし、遺伝性とはいえ個々人の症状やその進行は同じではなく、心臓や血管などの変化が軽い状態では必ずしも活動制限を行う必要のないことも少なくありません。一方で、罹患がはっきりしている場合には生涯にわたる管理は必須ですので、介入が必要ない場合でも将来必要となる場合に備えることはきわめて重要です。

患者に病気を良く知ってもらうことは管理と治療の原点:QOLの向上

医療者として、マルファン症候群や類縁疾患を患者自身に良く知ってもらうことは、より良い管理と治療介入を実現し、結果として病気の克服につながることを良くわかっていただきたいと思います。 適切なタイミングでの専門医(循環器内科、心臓血管外科、整形外科、眼科、産婦人科その他)への紹介、また、必要に応じて、病気を良く理解していただくための遺伝専門家(遺伝専門医や遺伝カウンセラー)への紹介、は患者さんのQOLの向上に役立ちます。